行くぜ、東北。JOURNAL
No.010 2019.12.10
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世界中から注目を集めるクラゲ水族館。その奇跡の誕生エピソードを追った。

失敗を成功の糧に、危機をチャンスに。山形県鶴岡市には、どん底からの起死回生で世界一に飛躍した水族館がある。クラゲドリーム館こと「鶴岡市立加茂水族館」は、クラゲを海の厄介者から癒しの存在へと変貌させた。暗がりを気ままに浮遊するクラゲたちは、人々を夢心地に誘う。

日本海の荒波のごとき波乱万丈 小さな水族館のドキュメンタリー
日本海に面した鶴岡市立加茂水族館。日本海の四季の眺めもこの水族館の演出のひとつ。
そもそもなぜ「クラゲ」なのか――。鶴岡市立加茂水族館が“世界一のクラゲ水族館”となるまでは千波万波の苦難続きだった。その歩みはそのまま名誉館長である村上龍男さんの半生と重なる。
村上さんが4代目館長に就いて間もない1968年、加茂水族館は開館以来最高の来館者数を記録した。しかし同時期、近県に大型水族館が続々開館すると状況は一変。経営はたちまち行き詰まる。その後、人気のラッコを迎え入れるも入館者数は減り続け、熱帯魚やアフリカの魚、世界のナマズなど、村上さんは再起をかけてあらゆる手を尽くすも、客足は遠のくばかりだった。
「日本中の水族館を視察して、乏しい資金をやりくりしながら成功事例の真似をしました。だけど、何ひとつ当たらなかったんです」。そしてついに1997年、最低入館者数を記録。最盛期には年間20万人を超えていた入館者数は、この時9万2000人にまで減っていた。もはや打つ手なしと思った矢先、村上さんのもとに救世主が現れた。
1964年に開館した加茂水族館(旧館)。写真は1980年頃。高度成長後期は多くの来館者で賑わった。
深海のどん底にいるような日々の中 燦然と輝き放った愛らしい生命
加茂水族館の運命を一転させたサカサクラゲ。
「サンゴ展の水槽の中で2、3ミリほどの“何か”がぴょこぴょこ動いていたのを見つけました。数日たって飼育室に行くと奥泉君がその“何か”を育てていて、聞くとこれはクラゲだと言うんです」と振り返る村上さん。
ぴょこぴょこ動いていた“何か”の正体はサカサクラゲの赤ちゃん。育ての親は現館長の奥泉和也さんだ。せっかくだからと育ったクラゲを展示してみると、水槽の前で一人、また一人と客が足を止めるようになった。「お客さまがあまりに喜んでいる姿を見て、クラゲがここを救ってくれると直感しました」。生態も飼育の方法も分からず試行錯誤しながら展示を続けると、2年目には入館者が2000人も増加した。
「お客さまからの反響はものすごく励みになりましたね。『これで行ける!』とゆるぎない自信を持てた瞬間でした」。
クラゲに賭ける!水族館職員の面目躍如たるアイデアと底力
クラゲアイス、クラゲソフトなどのオリジナル商品が話題に。
「クラゲで世界一になろう」「いつかクラゲの水族館を造ろう」。そんな前例のない水族館を目指した村上さんは、展示室「クラネタリウム」を設け、食堂も売店も職員の総力で館内をクラゲ一色にした。「人に笑われる、バカにされることをあえてやりました。遊び心がないとお客さまに楽しんでもらえませんからね」。そこに地の利も味方した。「この辺の海はきれいで、クラゲの品種によっては育てる水にも困らない。こんなにいい土地はありません。クラゲに磨きをかければかけるほど、この水族館は唯一の存在になれると思いました」。
担当の奥泉さんは飼育・繁殖のノウハウをゼロから築き上げ、ついに「加茂方式」なる水槽を開発、各国の水族館に導入されていく。そうして初めての展示から8年、加茂水族館は世界一の展示種類数を達成した。
繁殖室で奥泉和也館長(写真右)と。苦難の時代を乗り越えてきた名コンビだ。
大水槽のバックヤードで。「完成した時は、ついにここまで来たんだと興奮で足が震えました」と村上さん。
クラゲのポリプ、エフィラなどの幼生期
「小さなクラゲが光り輝く命を持っていた」顕微鏡で初めて幼生を目にした時の感動を村上さんは鮮明に覚えているという。
人々の“癒やされたい”を叶えた 心動かすクラゲドリームの世界
「クラゲの魅力はどれほど見ていても飽きない美しさ」と村上さん。
「これほどもしぇごど(面白いこと)をみんなに教えたい」と設けた、クラゲの生態を知るコーナー。
2010年には「オワンクラゲ」の研究でノーベル化学賞を受賞した下村脩さんが来館。各国からもこぞってクラゲの飼育、繁殖等の研究者が訪れる場所となった。その4年後、紆余曲折の時を過ごした旧館の隣に、夢のクラゲ水族館は誕生した。クラゲの展示数は約60種類と、世界的にも類を見ないほどの多さだ。
世界一の冠にふさわしい規模となっても、入館料は大人1000円、幼児は無料と割安なのは「家族みんなで何度でも来られるように」という村上さんの意向によるものだ。
約1万匹のミズクラゲが浮かぶ約5mの大水槽「クラゲドリームシアター」。
加茂水族館は次なる構想に向けてすでに動き出している。再び前代未聞の挑戦となるらしく、村上さんは奥泉館長につい「大丈夫か?」と尋ねると「現場の声なので、やります」との答えが返ってきたという。加茂水族館の原動力はこの現場主義にある。そして「水族館がどうしても好きだった」という思いが、何度自信を失っても職員らを奮い立たせた。村上さんは大逆転劇ともいえる20年をこう振り返る。「クラゲの神様がどん底でクラゲに会わせてくれたと思っています。あの時60歳だった俺に特別な使命を背負わせてくれたんです」。
なぜクラゲだったのか――。その解は加茂水族館の暗がりに浮かぶクラゲたちが教えてくれる。

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