行くぜ、東北。JOURNAL
No.015 2020.3.18
食べる

東北最古のワイナリーが育む、珠玉のワインをもとめて。

山形新幹線の赤湯温泉駅から車で約6分、山形県南陽市の赤湯温泉街にある「酒井ワイナリー」は、創業が1892(明治25)年と東北最古のワイナリー。創業者の酒井弥惣氏から120年以上にわたり伝えられてきた技・モノ・場所を継承しながら、五代目となる酒井一平さんは新たなワインを生み出し続けている。そんな酒井ワイナリーの歴史と伝統を探ってみよう。

赤湯温泉街の入り口にある酒井ワイナリーのアンテナショップ

温泉街の中にある老舗ワイナリー。明治期に開墾されたぶどう畑を守る五代目
温泉街にぽつりとたたずむ赤い建物。酒井ワイナリーのアンテナショップは、奥にワインの醸造や保管を行うスペースがあり、年間約5万本のワインが製造されている。そのうち6~7割ほどが国内の飲食店や販売店と取引され、日本産ワインのブームも相まって、取引店舗数は40~50店舗ほどにもなるという。
酒井ワイナリー代表取締役の酒井一平さん
代々引き継いできたぶどう畑のほか、担い手がいなくなり譲り受けた畑など、自社の畑を南陽市内に数カ所保有し、自分たちでぶどうの生産をしている。
歴史をさかのぼれば、この一帯は江戸時代から甲州ぶどうの栽培が行われてきた地域。白竜湖を囲むように、十分一山や名子山などの山肌を開墾し、急斜面にぶどう畑を作ってきた。ただ最近は、急斜面での作業が過酷を極めるため、農家の高齢化による耕作放棄が問題になっている。
目指したのは30年後も続くぶどう畑。広大な畑を有機農法で守る
そんな状況の中、五代目を承継した一平さんは、「30年後を見据えて自社でできること」を考えるようになる。2005年からは羊などの家畜動物の力を借り、7.5ヘクタールほどの自社畑を昔ながらの循環型農業で維持している。農薬を極力使わない有機農業にとって、一番厄介なのは雑草との戦いである。羊を畑に放し、草を食べてもらう。羊を入れられない畑は、草を刈り牧草として冬場の羊の餌にするなど、有効活用できる仕組みにしていった。長い期間、愛情を込めて育んできたぶどうの木は、一度倒れたら育つまで何年もかかってしまう。一平さんの取り組みは、地元の宝ともいえる生産地を守ることにもつながっている。
鳥上坂北側にある名子山は江戸時代に開墾された古い畑。自社畑の中で一番収穫量が多い場所
酒井ワイナリーのワインは、すべて山形県産のぶどうを使用している。特に自社畑のワインには畑の地名を「鳥上坂シリーズ」として商品名に入れている。鳥上坂北側にある「名子山」、「肩」、「狸沢(むじなざわ)」、「金沢」の4種類、それぞれの畑のストーリーが見えるようだ。
南陽市の酒井ワイナリーのショップに並ぶワインの数々。有料で試飲ができる
酒井ワイナリーが生んだユニークな逸品「まぜこぜワイン」
自社の畑で自ら育てたぶどうの他に、契約農家から仕入れた原材料に加え、昔ながらの製法でしっかりと熟成されたノンフィルターワインは、作り手の“見える”ワインとして飲食店やこだわりのある消費者、専門家の評価も高い。

そんな酒井ワイナリーの数あるワインの中で、ひと際注目を集めるのが「まぜこぜワイン」だ。ノンフィルターで上澄みを瓶詰めする際に残ったオリを集め、沈むのを待って再度上澄みだけを瓶詰めしたもの。ぶどうの品種も若いもヴィンテージも関係なく、まぜこぜにブレンドされ、味わいに深みがあって面白いと評判だ。
変わらぬ製法でつくり続けるために、大切に守り続けてきた醸造施設
ワインの醸造桶。ステンレス製のほか、昔から使っているホーロー製の桶も現役だ
50年以上使い続けているという杉の櫂棒
いくつもの醸造桶が置かれたワインを醸造所に案内してもらった。50年以上使っている杉の櫂棒や、昭和30年頃から使っているホーロー引きのタンクが、これまで歩んできた「酒井ワイナリー」の歴史を物語っている。
ワインを保管している土蔵
醸造所の奥にあるワイン保管用の土蔵は、ワイナリー創業以前から倉庫として使っていたもの。ここでは、仕込み終えたものを一升瓶に詰め、自然に沈殿するのを待つやり方が採用されている。機械でろ過した方が、時間短縮にもなって品質も均一になるだろうし、無駄なく商品化できる。酒井ワイナリーはあえてそれをしない。食品工場の現場において当たり前と思われていた「人工的に(機械を使って)きれいにして、均一化・効率化を図ること」とは逆行している。

酒井一平さんが実践している“昔ながらの循環型農業でのワイン造り”は、自社のワインに個性を与えるだけではない。将来的に自社畑や契約農家を拡大し、自身のふるさと南陽市赤湯のブランド化につなげたいという意思を感じた。

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