行くぜ、東北。JOURNAL
No.002 2019.10.28
食べる

つったい(冷たい)麺に感じる涼。麺好き山形から生まれた冷やし文化。

JRさくらんぼ東根駅から車で約10分、地元民がこぞって訪れる蕎麦の名店「そば処 神楽」がある。店の裏手にはサクランボ園が広がり、平日の昼すぎでも店内は沢山の人でにぎわう。おしながきに並ぶのは山形名物の板蕎麦をはじめ、冷たいらーめんや冷たい肉そばといった「冷たい」と付くメニューの数々。冷たい蕎麦を手始めに、山形の冷やしフードを調べてみた。

※ 山形県民は冷たい肉そばを食べて夏の暑さをしのぐ

※ JRさくらんぼ東根駅から車で10分ほどの「そば処 神楽」。地元で有名な蕎麦店だ
ほんのり甘めのつゆに歯応えのある鶏肉。夏の山形では「冷たい肉そば」一択!
※ 店主の鹿野和巳さん。仕事中は真剣な眼差しで蕎麦を茹でる
「これが一番人気」という店員の言葉に誘われ、冷たい肉そばを注文した。数分後、「はい、お待たせしました~」の声に目を向けると、澄んだつゆに数切れの鶏肉が乗った蕎麦が目の前に現れた。つゆをひと口飲むと、ほんのりとした甘さの向こうに醤油の香りがして、想像していた肉そばとはまた違った味わいであることに驚く。北海道産の蕎麦粉をブレンドし、名水百選にも選ばれている小見川水で練った蕎麦もまた格別で、蕎麦の豊かな香りと独特の甘味はクセになる。メニューを見ると、肉そばは冷たいものと温かいものを選べるようになっていた。冬は温かいものだろうと思っていたが、甘めのおつゆをキリリと引き締める冷たさがなんとも言えないようで、年中“冷たい”肉そばがよく出るそうだ。
B級グルメで注目を集め、冷たい肉そばは全国区で認知されるように。
店主の鹿野さんに話をうかがうと「その昔、まかない料理として出した鶏そばが冷えても脂が固まらず美味しかったから、冷たいまま提供するようになった」「親鶏と呼ばれる育ち切った鶏を有効活用するため」など、冷たい肉そばの誕生には諸説あるようだ。山形県河北町が冷たい肉そばをB級グルメとして売り出していることも後押しして、一躍その名は全国区に広まっていった。現在は、県内のさまざまな飲食店で提供されていて、冷たい肉そばの専門店もあるほど。
夏の風物詩として定番化。ラーメン好き山形県民が生んだ「冷たいラーメン」。
※ 豚ガラや鶏ガラ、魚介をブレンドした深い味わいの冷たいらーめん(夏季限定)。
隣の客が注文した「冷たいらーめん」。湯気の立たないラーメンを見ていると、なんとも不思議な感覚になる。夏といえばざる蕎麦やざるうどん、冷やし中華が一般的だが、ラーメン消費量日本一の山形では冷たいラーメンというジャンルが浸透している。
豚ガラや鶏ガラなどで炊くラーメンスープは冷やすと脂が固まるという難点があり、そのままではとても口にできない。冷たいラーメンを考案した山形市内の某店は、試行錯誤の末に油脂が固まらない冷製スープを完成させたそうだ。やがて冷たいラーメンは評判となり、夏になるとラーメン店や蕎麦店の店先に、冷やし中華ならぬ「冷たいラーメン」ののぼりがはためき、今では山形の夏の風物詩となっている。
※ スープが薄まらないようにとの配慮から、冷たいラーメンには出汁を凍らせた氷が浮かぶ
蕎麦店の中華そばと冷たいラーメンのハイブリッド系「冷たい肉中華」。
※ 冷たい肉そばを扱うお店には共に置いてあることが多い、冷たい肉中華。中華麺に特製スープが絡んで、肉そばとはまた異なる味わいが魅力
こちらは冷たい肉そばの中華麺バージョン。アジや片口イワシ、干しエビ、そしてムロアジの削り節でじっくりと出汁を引いた、店主こだわりの冷製スープが自慢だ。先ほどの冷たい肉そばとは印象が異なり、どこか懐かしさを感じる味わい。
県民のソウルフード「玉こんにゃく」も、夏はキンキンに冷やしで楽しむ。
※ 山形の夏といえばこれ。「楢下宿 丹野こんにゃく」冷やし玉こんにゃく(夏季限定)
山形県民のソウルフードでもある玉こんにゃく。読んで字のごとく、醤油入りの出汁で煮込んだ丸いこんにゃくを、団子のように刺したグルメだ。和がらしをちょこんと付けて、できたての熱々をほおばるのが玉こんにゃくの食べ方。しかし、ここでも山形県民は冷やしアレンジを加えるのだ。煮込んだ玉こんにゃくを氷で締めた、その名も冷やし玉こんにゃく。
通常の玉こんにゃくは湯気が舞い、醤油と出汁の美味しそうな香りが立つ。一方で、こちらはひんやりと静かにその美味しさを閉じ込めてたたずんでいる。食感は歯応えがあるものの、こんにゃくの中のみずみずしさは変わらず、むしろ出汁の旨味が凝縮された味。酢味噌をかけると瞬く間にさわやかな風味が増し、夏の暑さをかき消してくれるようだ。
※ 通常の玉こんにゃくと同じ工程でじっくり煮込み、大量の氷で一気にしめる
日本一暑い街だった山形市。「冷やし文化」は夏を乗り切るための知恵。
※ グルメ以外も!山形の冷やし文化は形を変えて生活に根付いている
1933年の夏、山形市は日本最高気温の40.8度を記録した。その後、2007年に埼玉県熊谷市と岐阜県多治見市が記録を塗り替えるまで、70年以上にわたり日本一暑い町だった。盆地によりもたらされる日射加熱とフェーン現象によって、雪国でありながら夏は酷暑に。そんな環境から、山形の冷やし文化は自然発生的に生まれたといってもいいだろう。
ラーメンや玉こんにゃくに限らず、古くは水まんまや酢だまりといったものもあったという。水まんまは炊いた白米が暑さですぐ傷むため、水に一度さらしたもの。酢だまりは、かき氷に酢たまりと呼ばれる酢醤油をかけて食べるもので、戦前、ところ天をさらに冷たくして食べるためにかき氷を乗せて酢醤油をかけたことから始まった。
夏の暑さをしのぐために生まれた「冷たい」食の数々。旅の途中で、「冷やしシャンプー」なるものに出会うことになる。
頭の先から冷やすという驚異の発想力。90年代生まれの冷やしシャンプー。
“つったい”食で夏の暑さをしのいできた山形の人々。7月になると、店先には冷たい◯◯というのぼりが並ぶが、平成の時代には食だけでなく、理容業界にも冷やし文化が登場する。
1990年代後半に山形市内の理髪店で考案された冷やしシャンプー。メントール成分を配合したシャンプーはかなりの清涼感が得られると、県内の理髪店でブームに。今では全国的な広がりを見せている。

「冷やし文化」を巡る日帰り旅はここで完結。今回、旅先で出会った冷やしグルメは、かつて日本一暑い街だった地で育まれた“先人の知恵”だった。長年にわたり山形県民に愛されてきた冷やしグルメを、あなたもぜひ味わってみてはいかがだろう。

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