行くぜ、東北。JOURNAL
No.003 2019.10.28
食べる

メイド・イン・弘前。日本のコーヒー文化の夜明けをたずねて。

北国の風土や城下町独特の文化のなかで、昔から珈琲文化が育まれてきた青森県弘前市。その珈琲文化を守るため、精力的に活動する一人の地元珈琲人が、「藩士の珈琲」という名のコーヒーを開発した。1800年代中頃、蝦夷地で津軽の藩兵たちが、日本の庶民として初めて飲んだコーヒーを、古文書を頼りに再現したものだ。すり鉢や土瓶を使って抽出し、薬として飲まれた藩士のコーヒー。その起源に迫る。

※ 150年以上前に飲まれた「藩士のコーヒー」は、すり鉢や土瓶を使って抽出されていたらしい。

約150年前のレシピを再現した珈琲人
成田専蔵さんに会いに弘前市へ。
※ 湯のみ茶碗でいただく、乙なコーヒー。
弘前珈琲の原点とも考えられる「藩士の珈琲」。約150年前のレシピをよみがえらせたのは、コーヒー専門店や焙煎工房を経営するほか、コーヒースクールの講師、「弘前は珈琲の街です委員会」委員長なども務める成田専蔵さんだ。
※ 地元のコーヒーに魅了され、その文化を守るために幅広く活躍している成田さん。
今から30年以上前、コーヒーを学ぶために全国行脚をしていた成田さん。北海道で見つけた稚内の市史をきっかけに、日本の庶民が初めて飲んだと考えられるコーヒーの存在を知ったという。
※ 成田専蔵珈琲店には、藩士の珈琲再現のもととなった古文書が飾られている。
その市史には、コーヒーの飲み方が記された古文書が訳されて載っていた。コーヒーの歴史年表がすべて頭に入っているという成田さんは、その古文書の年代が、コーヒーが日本で一般に出回る前だということに気がつく。「それは、身分の高い人を除くとおそらく日本で初めて飲まれたコーヒーであり、飲んでいたのは、幕府の命で北方警備のため宗谷岬周辺に赴いていた弘前藩士たちであったということを示していました。そしてその古文書には、1807年に宗谷岬周辺にいた多くの弘前藩士が浮腫病で亡くなり、1855年、再び藩士たちが警備に赴く際に、浮腫病の予防薬として古文書のコーヒーが配給されたという、驚きの内容が記されていたんです」

それまで表に出ていなかった史実に触れて、胸を打たれた成田さん。日本で初めて庶民がコーヒーを飲んだ場所として、宗谷公園にコーヒー豆型の「津軽藩兵詰合記念碑」を設置したそうだ。
※ 弘前藩士が日本で初めてコーヒーを飲んだとされる稚内の「宗谷公園」には、「津軽藩兵詰合記念碑」や旧藩士の墓があるという。
さらにその約10年後。「珈琲の街ひろさき」の取り組みを担うこととなった成田さんは、弘前珈琲の歴史を感じてもらうため、古文書のコーヒーを再現することに。

再現にあたり成田さんは、「器具がないとコーヒーは作れない」と、当時の陣屋の暮らしについて細かく調べた。生活風景までイメージをふくらませながら、古文書に書かれている抽出方法と照らし合わせたという。苦労の末編み出したのは、鉄鍋で豆を焼き、すり鉢ですり潰し、土瓶と麻袋を使って抽出し、湯飲みで飲むという方法。これが、「藩士の珈琲」だ。
※ 版画家・奥山義人による珈琲版画。成田さんが依頼し、当時の様子のイメージを表現した。成田専蔵珈琲店のメニューブックの中で見ることができる。
藩士の珈琲は、弘前市の7店舗(2019年9月現在)で飲むことができる。歴史に思いを馳せながら飲む一杯。ぜひ一度味わってみたい。
※ 土産として持ち帰ることのできるドリップパックもある。成田専蔵珈琲店や弘前市、青森市などの土産店で販売。
弘前珈琲の原点
城下町弘前の粋人が注目した西洋の味
※ 「珈琲の街ひろさき」協賛店に掲げられているポスター。
古文書の発見により、弘前における珈琲の歴史は長いということがわかった。弘前市民は弘前藩の藩兵たちの子孫であるということ、それに、喫茶店が点在しコーヒー文化が育っていることなどから、弘前は「珈琲の街」を宣言している。
「弘前珈琲はこの街のテロワールが育んだもの」と、成田さんは話す。北国の寒い気候がコーヒーを飲む機会を増やし、しょっぱいものに慣れた津軽人はコーヒーの苦味に抵抗がない。「それから、お城があって、侍さんがいて。城下町だったから、ハイカラ主義っていうのかな。西洋文化が入ってきたときに、そういうハイカラな人たちが珈琲に注目した可能性がある。風土や文化とコーヒーが綺麗にマッチしたんだろうね。それにここは内陸で、根付いた文化をほかの地域から影響されることなく楽しめた」。そんな風土や文化のなか、市民が育んだコーヒーの味わいは、苦くて薫り高いものだという。
※ 成田専蔵珈琲店城東店にも、深みのある香ばしいコーヒーの香りが漂う。
東北最古の喫茶店が誕生したのも弘前だった。かつて弘前には喫茶店がたくさんあり、人々が交わる場にいつもコーヒーがあった。成田さんは喫茶店を「街の艶」だと表現した。「時代の流れで喫茶店が少なくなっても、その艶まで減ってしまうことのないように」。そう語る成田さんの思いも込められて、弘前の珈琲文化は進化を続けている。
※ 成田さんが経営する「弘大カフェ」。ここには、「コーヒーを飲み始める大学生の心に残る味を届けたい」との思いを込めたそうだ。
すり鉢で挽き、麻袋でドリップすること1分
湯飲みから立ち上る魅惑の香り
※ すりこぎで焙煎豆をすり潰し、粉にする
成田専蔵珈琲店城東店では、江戸時代の仕様書通りに珈琲を淹れる体験もできる。

まずは黒く煎った状態の豆が、すり鉢に入れられて出てくる。これを、よくすり潰して粉にする。すり潰すときに漂うコーヒー豆の香ばしい香りは、ミルで挽いた時のそれとは少し違うように感じる。
豆が粉状になったら、麻袋に入れて、お湯の入った土瓶に浸す。日本で昔から使われる食器を使うから、まるでお茶を淹れているような錯覚も。古文書には、「熱き湯にて番茶の如き色にふり出し、土瓶に入り置き」と書かれている。やはりお茶のイメージで淹れていたのだろうか。 砂時計が止まるまで、想像をふくらませる。
※ 粉状になった豆を麻袋に入れる。
※ 土瓶に入れて1分ほど待つ。
時間がきたら、湯飲み茶わんに注いでいただく。成田さんによると、「ドリップの原型のような淹れ方で、色も味も薄味。とろりとした舌触りが現在のコーヒーとは少し違う」とのこと。
この味にはまってしまう人もいるらしい。

最後に、同じ豆を使ってネルドリップで淹れたコーヒーも出てくる。150年前のコーヒーと、今のコーヒーの飲み比べ。ほかではない、唯一無二の体験だ。
※ 藩士の珈琲体験は成田専蔵珈琲店城東店でできる(抽出体験干菓子付1,100円・税込)。

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