行くぜ、東北。JOURNAL
No.006 2019.11.13
食べる

ブームの予感!? 人と人とをつなぐ秋田の「寒天文化」を探る

秋田県南部では、日常的に「寒天」を使った料理を目にする。たしかにスーパーなどあちらこちらで「寒天」料理が当たり前のように売られ、一部地域には専用コーナーもあるほど。中には意外な食材や、「わざわざ寒天で固めなくても良いのでは…?」と思うものまであり、実に不思議だ。なんでも固めるというのは果たして本当か。寒天文化の真相に迫る。

秋田県南部に伝わる寒天料理は、色とりどりの具材を固めた宝石箱。
街のスーパーの食品売場には、「JA秋田おばこ 直売部会『おばこの郷』寒天コーナー」が常設。
甘いものからしょっぱいものまで、秋田県南部の家庭で昔から盛んに作られている寒天料理。農作業の慰労会、運動会、盆正月…人々のさまざまなシーンにはいつも「寒天」があった。お母さんたちがおもてなしの心で自前の寒天料理を持ち寄っては、自慢の味を披露する。そんな微笑ましい光景が今も文化として残っているのだ。スーパーではJAが定番商品を展開、道の駅では主婦がさまざまな食材の新作を発売している。
秋田では定番の「クルミ寒天」「サラダ寒天」など。JA女性部の有志による「せんなん加工部会」が製造した商品は、棒寒天を使い甘さは控えめに。
道の駅には、地元主婦4名による「さくらグループ」の寒天料理などが並ぶ。
店頭には、「さくらグループ」が製造した出来たての商品が並ぶ。地元の農産物を主原料にしたり、短時間調理のために粉寒天を使用するなど、寒天料理に工夫を凝らしている。
思わず二度見してしまうユニークな寒天料理も、秋田ではスタンダード
キュウリ、ニンジン、ゆで卵などの具をマヨネーズで味付けして固めた「サラダ寒天」。
贅沢に使った卵が“ゴロゴロ”入り、雷雲のように上に突起した形の「かみなり寒天」。
卵、シイタケ、季節の果物や野菜、そうめんなど、一口に寒天料理と言ってもさまざま。惣菜系の「サラダ寒天」「かみなり寒天」は秋田ではスタンダードだ。野菜のシャキシャキ感が楽しめて、サラダなのに甘い「サラダ寒天」は、〈映える〉時代にブームの予感。「かみなり寒天」は、これを作れると良い嫁だと言われる説もあるほど難易度が高い。
母が手作りするフルーツ寒天は、正月に欠かせない味だった。
今でこそ寒天料理は市場で販売されているが、前述の通り、昔からおもてなしの場に登場することが多かった。運動会やお花見の重箱料理にもよく入っていたというくらい、秋田ではとっておきの一品。秋田県南部の家庭では、よく正月料理に「フルーツ寒天」がでる。母の立つ台所から漂う甘い香り…これを食べると「正月が来たな!」と心が躍るのだ。
甘い寒天料理は、農作業の後のごほうびだった
町の依頼で月に3回寒天教室を行い、今年で7年目という照井さん。近年は、近隣地域の学校でも寒天料理を教える。
寒天料理といえば、水ようかんやあんみつを思い浮かべるだろう。なぜ、秋田で寒天料理が盛んなのか。数百もの寒天レシピを持ち、食文化を継承している“寒天名人”として知られる、秋田県南東部の仙北郡美郷町に住む主婦、照井律さんに話を聞いてみた。彼女は数百もの寒天レシピを持ち、地元では食文化を継承する “寒天名人” として知られている。
「私が幼い頃は、農家7、8軒ほどが力を合わせて手作業で田植えをしていました。秋田では『ゆいっこ』って言ったもんですけど、この家の田んぼの次はこの家と、皆総出で順番に巡っていたんですよ。ひと通り終わると『難儀したなー』ってそれぞれの農家が料理を作って持ち寄り、慰労会をしたものです。どの家庭にも寒天料理がありました。田植えで身体が疲れているので、栄養価の高い卵を入れたり、たんまり砂糖を入れて甘くして…お母さんたちの思いやりがたっぷり詰まっていましたね。飼っているニワトリの卵や、庭に実る栗やシイタケ、近くの林のクルミなど、日常にありふれる食材を寒天料理にしたんです。美郷は酪農が盛んでしたから、牛乳も使われていました」。
寒天で固めることを、秋田では寒天を“流す”という(写真は「さくらグループ」の寒天づくり)。
コシのある食感を出すには、棒寒天が欠かせない
食物繊維やミネラルが豊富な棒寒天。流通している棒寒天は、主に長野県茅野市で作られたもの。
当時、貴重とされていた砂糖をたくさん使うことは、贅沢の極みだったという。その砂糖を使う寒天料理は、いわば贅沢品。「お客様をおもてなしする時には、腕によりをかけて寒天料理を作ったものです」と、照井さんは目を細める。「葬儀で香典代わりに棒寒天をたくさんおくる家も多かった。平野部では海藻で作られる寒天も貴重でしたし、保存が効くので重宝されていました」。そもそも、寒天には「棒寒天」「粉寒天」「糸寒天」があるが、自然乾燥された棒寒天を使うのが秋田の主流。「コシのある食感が生まれるのは棒寒天ならでは。ミネラル分も豊富ですよ」。
寒天料理には、人と人をつなぐ不思議な力がある
そんな寒天を使った料理を、照井さんは60年以上作り続けている。小学生の時、寝たきりになった母親にリンゴ寒天を食べさせたいと作ったのが始まりだった。「辛い時も、寒天を煮溶かす間は無心になれました」と当時を振り返る。現在、照井さんは寒天文化を継承していきたいと、県南部を中心に料理教室を定期開催、高校での実習依頼も受けている。ココアや枝豆などを使ったアイデアあふれるレシピが好評だ。「寒天料理を上手に作るのが目標ではないんです。寒天を通じて人と人との『絆』をつくりたい。みんなでワイワイしながら寒天づくりのポイントを話し合ったりして、元気に生きる糧になったらうれしいです」。
寒天料理を作る家庭は随分減ったというが、地域が育んできた味は今も市場に溢れている。寒天文化のルーツははっきりしないが、『なんでも固めている』わけではない。秋田の寒天料理は、お母さんの知恵と愛情の賜物だ。

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