行くぜ、東北。JOURNAL
No.008 2019.11.21
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生きとし生けるものへ畏敬の念を深める、マタギ文化の昔と今

古来、主に北日本の山岳地帯でクマやウサギなどを狩猟し生活の糧にしていた「マタギ」。集団で狩りを行うマタギたちは、独自の文化を伝えてきた。秋田県北秋田市の阿仁(あに)地区はたくさんのマタギが暮らしてきた土地で知られ、今もなお現役のマタギが居住することから「マタギの里」と呼ばれている。

北秋田市の小さな集落で生まれたマタギ。現役マタギに話を聞く。
打当マタギの家系に生まれた鈴木英雄さんは、九代目にあたる。
故郷を離れて出稼ぎ猟をする「旅マタギ」という言葉をご存じだろうか? 秋田県北秋田市の阿仁地区を拠点にしたマタギたちは、かつて東北地方のみならず北海道や北陸、近畿にまで活動拠点を広げていた。マタギ集落と呼ばれる地域は全国にいくつかあるが、そのルーツは阿仁打当(あにうっとう)、阿仁比立内(あにひたちない)、阿仁根子(あにねっこ)にあると言われている。昔を知る阿仁のマタギは少数ながら、今でも80代の大ベテランから20代の新人までが活躍している。

打当マタギとして15歳から山に入っていた現役のマタギ・鈴木英雄さんは御年72歳。英雄さんのように若くしてマタギになることは特別なことではなかった。「田んぼや畑仕事をしながら秋には猟をして、春になるとまた猟をして。生活の一部にいつもマタギがあったんです」。英雄さんは林業に従事しながら、銃猟解禁の11月15日を迎えると1カ月間、奥山に分け入っていた。「自然と山に入りたくなる。何日もクマを仕留められなくても嫌にはならない」と穏やかな口調で語る。
祖父の辰五郎さん(写真左)は、指一本触れずに熊を仕留めたことで「空気投げの辰」と呼ばれた伝説のシカリ(マタギの統領)だった。
マタギをただのハンターだと思っている人は多いかもしれない。山に対する気持ちやクマへの考え方には、代々受け継がれてきた文化が大きく影響している。「今では猟友会ができたけれど、それ以前は3つの集落(打当、比立内、根子)が合同して猟をすることさえなかった。絶対によその猟場は荒らさないし、行かない。そんな暗黙のルールがありました。クマはただの食料ではなく、そこに暮らす人の生活に関わる大事なものですからね」。
国の重要文化財に指定されている「フクロナガサ」は必要に応じて槍になる。銃のなかった頃、欠かせない山刀だった。
カモシカの革で作られた防寒手袋「テキャシ」は昔の必需品。
獲物を得るために!自然を敬う独自の掟
猟に行った時にモロビ(アオモリトドマツ)を持ち帰り、神棚に備えて山の神に祈る。火を点けて消した煙で仲間を清めたら、また山に入り狩りに励む。
「打当にはクマを獲るための山の神様を祀るマタギ神社があります。 私たちが信仰している山の神様は女性で、醜くてヤキモチ焼きでヒステリーで、おまけに男好き。とても気難しい神様だから、山が何日も荒れて入れない時やいざ入ってもクマが獲れない時は、山の神の機嫌が悪いということになります。だから我々が山に入る際は神様の機嫌を損ねないよう、身だしなみを整えて、女性を遠ざけ、山の神にお祈りをしてからです。昔は、乾燥したオコゼを供えてお祈りすると『この世に自分より醜いものがいる』ってことで機嫌を直してくれたという逸話もあります」。
クマは山の神からの授かりもの
クマを授かった場所でクマの魂を山の神に返し「再びたくさんの獲物を授けてください」と祈る。
写真提供:船橋陽馬(根子写真館)
阿仁ではクマは古来より身近な生き物であり、山の恩恵とされていた。「私たちのまわりにあるいろいろな動物や植物、つまり自然界のものはすべて山の神様のものという考え方です。だからクマは『山から良いものを授かる』、つまり『山の神様の贈り物』だと思うんです」と、マタギの世界に伝わる独自の概念を教えてくれた。
「山から授かったものはみんなのものということで、身分に関係なく分け前はみんな一緒。授かりものは平等に分配する“マタギ勘定”というのがマタギのしきたりです」。
授かったクマはただの食料ではない。「毛皮は使い道があったし、肉は食べたと思うんですけれど、胆、舌、骨、血、あらゆるところが薬になったんです」。特にクマの胆(い)は万病の薬として取引され、マタギの貴重な収入源となっていた。
高値で売買されてきたクマの胆(胆のう)。
野生グマの生態系が変わりつつある今、マタギとしてどう向き合うか。
県道からすぐの林の入口に、クマが枝を折った場所がいくつもあった。
人里へクマが下りてくるニュースが頻繁に伝えられる昨今の秋田。「子グマは親グマにくっついていろいろなことを学びます。親グマから教わる場所が奥山じゃなくて里山だったら、子グマはそのまま里山に居ついてしまう」と、英雄さんは懸念する。
狩猟シーズン以外は山のパトロールを通じてクマの生態を調査し、里山にクマが下りてこないようワナを仕掛けるという英雄さん。「深山に食料が少ないのか、クマがリンゴを食べたり、稲を荒らしたという報告をこの秋も聞いています。人間が襲われると、クマは人を襲う怖い存在になってしまうので、身近に入ってきたら捕獲せざるをえない」。人とクマとの関係は今、とても難しい局面に入っている。
道路端の栗の木の下には、クマが栗を上手に中だけ食べて、皮を出している痕跡がたくさんあった。
狩猟のイメージが強いマタギだが、山深い土地での日々の暮らしから自然への畏敬を育んできた背景があった。山や動物の知識、狩猟の経験がないとシカリにはなれないし、仲間同士の信頼も大事だ。異常気象や環境破壊などにより野生動物たちの生態系の変化が危惧される中、里山に下りてくるクマは、私たち人間に何らかのメッセージを伝えているのかもしれない。

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