行くぜ、東北。JOURNAL
No.009 2019.12.10
食べる

遠野では常識! 穴の空いたバケツdeジンギスカン

広大な岩手県の南東部の内陸に位置する遠野市は、「焼肉といえばジンギスカン」といわれるほど、ジンギスカンが根付いている。全国的には北海道が有名だが、なぜ遠野でジンギスカンが食べられるようになったのだろう。元祖遠野ジンギスカンの店として地元で愛されている「あんべ」を訪ね、三代目の安部吉弥さんに話を聞いた。

人が集まるところにジンギスカンあり。合言葉は「肉、焼くか?」
閑静な住宅街の中にある「あんべ」。
猿ケ石川の支流、早瀬川の近くにジンギスカンの店「あんべ」があった。中に入ると、パック詰めされたラム肉が冷蔵ケースにずらりと並んでおり、そのほとんどが1kg以上。棚にはジンギスカン鍋、固形燃料、そして側面に穴の空いたバケツが置かれている。この穴空きバケツは、遠野の人にとってなんら珍しいものではない。バケツの上に南部鉄器の鍋を載せれば、ピタッとはまるちょうどいいサイズ。

遠野では、来客時のおもてなしや仲間が集まった時などは、当たり前のようにジンギスカンがふるまわれる。寒い時は家の中、花見の季節や祭りの時には野外で。いつでも決まってジンギスカンだ。遠野の人たちの間では「今日、肉焼くか?」は「今日、ジンギスカンやるか?」を指すという。この地では、南部鉄器のジンギスカン鍋と穴の空いたバケツの普及率は極めて高い。
1kg以上のラム肉のパックがずらり。地元の人にとってはこれで一家族分だという。
店内では、ジンギスカン鍋と穴の空いたバケツが販売されている。
かつて食べたあの味を故郷で。遠野ジンギスカンを考案した安部梅吉。
店の裏手に回ると、食堂の入り口がある。
1947年に創業したジンギスカンの店「あんべ」は、岩手県で初めて羊肉を販売したといわれている。創業者である安部梅吉さんは、戦時中に満州で食べた羊肉の味が忘れられず、帰国後、羊肉を扱う精肉店を開いた。しかし当時の遠野では牛や豚はおろか羊の肉を食べる風習がなかったため、「羊を食べるなんて」と、遠野の人たちは羊肉に見向きもしない。満州で味わった羊肉の美味しさを理解してもらおうと、梅吉さんはジンギスカンに合うタレを作り、祭りなどで肉を焼いて販売した。「あんべ」で供されるジンギスカンの味はたちまち口コミで広がり、次第に羊肉を求める人たちが店に行列を作るようになった。これが遠野ジンギスカンの始まりだった。
「あんべ」創業者の安部梅吉さん。戦後に精肉店を始めた。
創業してまもなくは、精肉用の羊を飼育していたこともある。
現在の地に移転する前の「あんべ」。ここにジンギスカンを求めて行列ができたという。
何と言っても鮮度が命。レア状態で焼いてタレにくぐらせるのが遠野流。
「一度食べれば、遠野ジンギスカンの美味しさが分かるはず」と三代目の安部吉弥さん。
遠野ジンギスカンといえば今はラム肉が主流だが、ひと昔前まではマトンといって2歳以上の成羊肉が主に食べられていたという。
「今は、遠野以外でもジンギスカンのお店がたくさんありますが、遠野のジンギスカンは肉の管理が違います」と教えてくれたのは三代目店主の安部吉弥さん。学生の頃から店を手伝い、柔らかい食感を残す肉の切り方を覚えた吉弥さんは、肉を見ただけで鮮度がわかるという。鮮度がよければマトンも柔らかく甘みがあって美味しい。それを舌で知っている人はマトンを好むのだ。

また、羊の肉はしっかり焼かなければいけないという先入観があるが、遠野のジンギスカンは、少しレアに焼くとさらに美味しさが増すのだとか。全国でも有名な北海道のジンギスカンは、あらかじめタレに漬け込んだ肉を焼くが、焼いてからタレにつけて食べるのが遠野スタイル。さっと表面を焼いた肉にタレをまとわせれば、文句なしの美味しさが口いっぱいに広がる。
割れやすい七輪の代わりに考案されたのが、軽くて丈夫な穴空きバケツだった。
ジンギスカン用のバケツは、遠野市内の金物屋さんで作られている。
安部梅吉さんの努力によって遠野に広まったジンギスカン。二代目・好雄さんの頃になるとジンギスカンは遠野の名物料理となり、野外でも焼いて食べられるほどに浸透した。肉と一緒に七輪を配達する機会も増え、一度の配達で100個以上も運ぶこともあったという。しかし、整備されていない山道を使って配達するとき、七輪は度々割れてしまった。
七輪よりも頑丈で、なおかつ運びやすいものはないかと考えた好雄さんは、ブリキのバケツを使うことを思いついた。燃料を燃やすには通気口が必要だ。そこで、鉄パイプをバケツにあてて金槌で叩き、穴を開けてみた。試行錯誤の結果、現在の穴の空いたバケツが誕生した。固形燃料の燃焼効果を上げるため、穴の数と位置にもこだわりがある。
「私が子供の頃は、丸いブリキの板が庭にいっぱい転がっていました。子供ながらに『これはなんだろう?』と思っていたら、ここを抜いた物でした」と、バケツの穴を指差しながら語ってくれた三代目の吉弥さん。
実は固形燃料を製造している会社も遠野にある。
二代目が考案したプロトタイプのバケツは今も現役。「普通に貸し出ししていますよ」と吉弥さん。
バケツと鍋は無料でレンタル。人生初の野外ジンギスカンに挑戦!
箸やタレ受けもついているので準備するものはない。バケツの底に固形燃料をセットして火をつけ、鍋を載せるだけ。
「団体やイベントの時には、無料でバケツと鍋を貸し出ししています。使った後は、新聞紙に包んで返してくれるだけでいいので、気軽にジンギスカンができますよ」と話す吉弥さん。肉とタレを買えば、道具は無料で貸してくれる。ただし、固形燃料だけは有料だ。食堂でもジンギスカンは食べられるが、道具を借りてバケツジンギスカンを実際にやってみた。
焼くときのコツは、先に脂身で鍋に油まんべんなく引き、余った油は鍋のてっぺんに置く。野菜を鍋のフチに並べておくと、野菜が肉の旨味と油を吸って旨い。
固形燃料は、結構火力が強い。すぐに焼けてきた。
あんべの秘伝のタレにつけて食べる。箸が止まらない。
いつでもどこでも誰とでも。遠野ジンギスカンには地ビールがぴったり。
遠野はホップの産地。ジンギスカンには遠野の地ビールを合わせたい。
肉を販売している店では、約1kgのラム肩ロースが飛ぶように売れていく。地元の人たちは来客があると1kgぐらいは平らげてしまうという。お盆のもてなしの時には、3日連続で買いに来るツワモノもいるのだとか。子供会のイベントでもジンギスカン。遠野では人が集まるところにジンギスカンがある。
実は、遠野はビールの原料となるホップの産地でもある。遠野に来たら地ビール片手にジンギスカンはいかがだろうか。

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